本編
桜の咲き誇る小春日和。 部屋にうららかな陽射しが差し込んでくる。 Web制作会社「からふるわーくす」オフィスでは、いつもの4人でランチ後のお茶会を楽しんでいた。
Webディレクターの小田が目を丸くする。
「任野ちゃん、ブログやってたの?」
「中学生の頃ですよ。友達がアメブロやってたので。3日で更新しなくなって放置しちゃいましたけどね!」
営業の任野がどやっと胸を張った。 3人とも心の中で呟く。
(任野ちゃんらしいなあ……)
小田が昔を懐かしむように目を閉じる。
「私はmixiだったな。やっぱり友人に誘われて」
デザイナーの絵森が何気なく呟いた。
「名前だけは聞いたことありますわ。平成の生きた化石とか……」
小田のこめかみがピキッとひくつく。
(そりゃ私と絵森ちゃんは年齢一回り近く違うけどさ)
空気を察した任野があたふたしながら腕をばたばたさせる。
「お、小田さんと同年代の私も興味あったんですよ。回りで招待してくれる人いなかったからできなくて」
コーダーの言葉が淡々と口を開く。
「いまmixi2が盛り上がっています。20年前から不死鳥のように蘇ったという評判です」
任野が心の中で悲鳴をあげた。
(とどめを刺すなああ!)
しかし任野の慌てぶりも無駄ではなかった。 そのおかげで、絵森は自分が何を言ってしまったかに気づく。 とはいえ謝るのも気まずいので、話をそらすことにした。
「私もブログやってましたわ」
小田がここまでの展開を忘れてしまったかのように問う。
「あら、どんなブログ?」
「wixで自分の撮った写真飾ったり、その他色々と綴ってみたり。社会人になったところで管理忘れそうで止めて全部削除しましたけれど」
―― 1時を回った、始業開始。
仕事モードに入った小田が任野に問う。
「削除といえば、ちょうど『さわやかスポーツ』さんからイベントページ削除してくれって案件来てたわね」
任野が外を見る。
「桜満開の季節にスキー用品のイベントページは似つかわしくないですからね」
小田がコーダー席に目を向ける。
「言葉ちゃんお願い」
――10分後。
言葉がキーを叩き終える。
「削除しました。キャッシュクリアも確認済みです」
小田がOKを受けて、任野がクライアントに連絡する。
無事に終わったように見えた。 誰の目にもそう見えた。 いや、普通に考えても終わっていた……はずだった。
――3ヶ月後。
夏の陽射しをブラインドで遮断したからふるわーくすオフィス。
「ただいま……」
薄暗い部屋をさらに暗くするほど、どんよりしている。 小田が怪訝な顔で問う。
「どうしたの? 水着イベントページ作ってくれってことでさわやかスポーツさんのところ行ってたんじゃなかったの?」
「それが……」
もう梅雨は終わったというのに。 頭上に雨雲を浮かべながら訥々と報告を始めた。
※※※
「こんにち――」
「どういうことなんだ!削除してもらったはずのページが残ってるじゃないか!」
店内に入るや、クライアントの店主が不機嫌丸出しの顔で食って掛かってきた。 任野は目を丸くする。
「ええっ!」
店主がノートPCを突きつけてくる。
「見てみろ!」
本当だ、残ってる……。 任野の顔がみるみる青ざめていく。
「今年もスキー用品のイベントをやる予定でいる。しかし去年と同じ条件だとは限らない。もしお客さんに見られて『今年のイベントせこっ!』と思われたらどうするんだ!」
※※※
「……というわけでして」
小田も絵森もあんぐり開く。
「間違いなく言葉ちゃんが消したわ。私も確認してるし」
「でも残ってるんです! ほら!」
任野がスマホを突きつける。 小田がとっさに机上の胃薬を手に取る。 しかし画面を覗き込むと、呆れたように口を開いた。
「なんだ、ウェイバックマシンじゃない」
任野と絵森、目をぱちくりさせる。
「うぇいばっくましん?」
言葉が説明する。
「ウェイバックマシンとは……過去のWebページを保存して、あとから見られるようにするサービス……一言で『魚拓』です」
「魚拓!」
2人が手鼓を打った。
「さすがにウェイバックマシンを見て『削除してない』と言われても……普通に契約の範疇外だわ……」
「でもクライアントは削除してほしいって……」
あれだけ怒られて帰ってきて、この子はどれだけお人好しなのか。 本来は制作会社がここまでする必要はないのだけど。 そう思いつつも、小田が微笑んでみせる。
「まあ、『削除』の定義を決めておかなかったくらいは言えるしね。なんとかしましょうか」
任野にいつもの太陽のような笑顔が戻った。
「ありがとうございます!」
――さわやかスポーツ応接室。
小田が柔らかく店主に問う。
「ウェイバックマシンをどこでお知りになったんですか?」
「ネットニュースでたまたま見たんだ。削除したはずのブログが全部見られるって」
小田は店主を刺激しないよう、ウェイバックマシンについて説明する。
「……そして恐縮ながら。Web保守契約における削除は、サーバーなど弊社の管理内にある領域における削除を指すのが通常です。ウェイバックマシンのような第三者サービスにつきましては、弊社が削除する義務はございません」
納得したのだろう。 店主がバツの悪そうな顔をしながらうなだれる。
「そ、そうか……」
しかし小田は即座に繋げた。
「ですが不安に思われるお気持ちもわかります。ですので今回はお客様が御自身で削除の手続をとる前提で、私どもも手伝わせていただこうと思います」
クリアファイルに挟んだ1枚のプリントを取り出し、クライアントに渡す。
「必ずとは申し上げられませんが、この通りにすれば基本的には削除してくれます。また、ウェイバックにキャッシュを拾われづらくするように手を打たせていただきます」
「お願いします!」
かくしてイベントページは無事に削除できた。 店主は大喜び。
「ありがとう!これで枕を高くして眠れるよ!」
今度こそ全てが終わった後、からふるわーくすでは簡単な反省会が行われた。
小田がホワイトボードに「要求定義の不一致」と書く。
「『削除』の定義が私達とクライアントの間ですれ違ったこと。これが今回の問題」
さらに書き加える。
・からふるわーくす:サーバーなどからの削除 ・クライアント:第三者サービスまで含めての削除
「任野ちゃんがその場で『弊社の削除作業とは別です』と説明できれば一番よかったんだけど……今回は仕方ないかな。ウェイバックマシンなんて、この業界でも知らない人は知らないし」
絵森が神妙な顔をする。
「私も知りませんでしたわ……」
「そして任野ちゃんに詰め寄ったクライアントも責められない。不安になるのもわかるサービスだから」
言葉が淡々と付け加える。
「巷では『黒歴史発見器』と呼ぶ人もいます」
小田が恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。
「私、昔mixiに『モデルになりたい』とか大それたこと書いててね。ウェイバック知ったときは非公開のmixiでいいと本気で思ったわ」
任野が何の気なしに相槌を打つ。
「なるほど!もし乙女心丸出しの夢小説なんか書いててブログで公開してたら、気づいた時は恥ずかしくて泣いちゃいそうですね!」
絵森がぎくりと口元を引きつらせた。
「あ、急な目眩が……頭も痛いし風邪かもしれませんわ。今日は早退させていただいてよろしいでしょうか?」
小田は唐突な申出に目を点にしながらも承諾すると、
「では、お先に失礼しますわ」
絵森がそそくさと帰っていった。 その後ろ姿を、3人は乾いた目で見つめる。
(絵森ちゃん……書いてたんだ……)
業務メモ
※作者の独学用です。参考程度にご覧ください。
漫画

テキスト
テキストで読みたい方はこちら
テーマ
「削除」の定義を確認する
実務ポイント
- 言葉の定義の不一致を疑う 依頼者が言う「消してください」と、開発者や技術者が認識する「消しました」には構造的なギャップが存在します。PMは双方の「言葉の定義」を揃える役割を持ちます。
- 要件定義で「スコープ(範囲)」を明確にする Webページやデータを削除する際は、単にサーバーから消去するだけでなく、以下のどの範囲まで対応に含めるかを事前に依頼主と合意しておく必要があります。
- サーバー削除: 該当ファイルの物理的・論理的消去
- 検索エンジン削除: Google等のインデックス削除申請、noindexの設定
- キャッシュ削除: ブラウザキャッシュ、CDN(配信ネットワーク)のキャッシュクリア
- アーカイブ削除: Wayback Machine等の外部魚拓・保管サービスの確認
- 関連資料修正: サイト内リンク、PDF資料、社内マニュアル、SNS過去投稿の動線確認
- 「アクセスさせない」代替案の検討 完全に消去することが難しい場合、古いURLにアクセスしたユーザーを自動的にトップページや新しい特設ページへ誘導する「リダイレクト(301/302転送)設定」を行う方が、ユーザー体験(UX)およびSEOの観点からも適切なケースがあります。
一言
「削除した」と「誰からも見えなくなった」は同じではない。
模擬問題にチャレンジ!
※作者の独学用です。参考程度にご覧ください。
テーマ
同じ用語について顧客とプロジェクト側で認識が異なった場合の、要件定義の不一致への対応
問題文
プロジェクトでは、顧客とプロジェクト側が同じ言葉を使用していても、その言葉が指す対象、対応する範囲、完了と判断する状態について、双方の認識が一致しているとは限らない。
その認識差が作業開始前に明らかにならず、プロジェクト側では要求を満たしたと判断していたにもかかわらず、後になって顧客が期待していた状態と異なることが判明する場合がある。
あなたがPMとして携わったプロジェクトのうち、顧客とプロジェクト側で同じ用語を使用していたものの、その意味や範囲について認識の不一致が生じた事例を一つ取り上げ、設問ア~ウに従って具体的に論述せよ。
設問ア
あなたが携わったプロジェクトの概要、目的、あなたの立場及び主要な関係者について述べよ。
また、顧客とプロジェクト側との間でどのような用語について認識の不一致が生じ、それぞれがどのような意味でその用語を捉えていたか、その不一致がどのように顕在化したかを具体的に述べよ。
800字以内
設問イ
設問アで述べた認識の不一致について、あなたはPMとして何を問題の本質と判断したか。
また、その判断に基づき、顧客の期待とプロジェクト側の認識を整理し、対応する対象、範囲及び完了条件を明確にするためにどのような対応を行ったか述べよ。
その際、プロジェクト側の責任範囲を超える要求が含まれていた場合に、それをどのように扱い、顧客へどのように説明・調整したか、その理由とともに具体的に述べよ。
800字以上1,600字以内
設問ウ
設問イで述べた対応の結果をどのように評価したか。
また、同じ言葉を使用していることをもって認識が一致していると判断することを避けるため、その後の要件確認やプロジェクト運営にどのような改善を行ったか。改善の理由とともに具体的に述べよ。
600字以上1,200字以内
回答例
回答例を見る
想定プロジェクト
スポーツ用品店のWebサイト保守案件。
季節ごとに公開されるイベントページについて、制作会社が公開・修正・削除などの保守作業を担当していた。
受験者は制作会社側のPMとして、顧客との要件確認、実務担当者への作業指示、作業結果の確認を担当する。
前年冬のスキー用品イベントページについて顧客から「削除してほしい」と依頼を受け、自社管理のWebサイトから削除した。
しかし後日、第三者のWebアーカイブサービス上に過去ページが保存されていることが判明し、顧客との間で「削除」の意味について認識差があったことが明らかになった案件とする。
設問ア 回答例
私がPMを担当したのは、スポーツ用品店のWebサイト保守案件である。
顧客は季節ごとに特設イベントページを公開しており、当社はサイト更新、ページ公開・削除、軽微な修正を担当していた。
私は制作会社側のPMとして、顧客との要件確認、実務担当者への作業指示、完了確認を行っていた。
主要な関係者は、顧客である店舗責任者、当社の営業担当者、コーダー及びPMである私であった。
春になり、顧客から前年冬に公開したスキー用品イベントページを「削除してほしい」と依頼された。
当社では、この依頼を自社が管理するWebサーバー上の該当ページを削除し、通常の閲覧経路から表示できない状態にすることと理解した。
実務担当者がページを削除し、当社側でも表示されないことを確認したため、私は作業完了と判断した。
しかし約3か月後、顧客から「削除したはずのページが残っている」と連絡があった。
確認すると、自社サーバー上のページではなく、第三者のWebアーカイブサービスに保存された過去ページであった。
顧客は「削除」を、第三者サービスを含めて利用者から見えなくすることまで含む意味で捉えていた。
一方、当社は自社管理領域からの削除を意味すると考えていた。
同じ「削除」という言葉を使いながら、対象、対応範囲、完了条件が一致していなかったことが問題であった。
【概算文字数:約560字】
設問イ 回答例
私はまず、今回の問題を単純な削除漏れや作業ミスとして扱わず、顧客と当社の間で「削除」という言葉の意味が一致していなかったことが本質だと判断した。
自社管理のページは実際に削除されており、実務担当者の作業自体は完了していた。
一方で、顧客が期待していた状態は、第三者のWebアーカイブに保存されたページも含めて閲覧できない状態であった。
この差を整理せずに責任の有無だけを主張すると、顧客の不安を解消できず、今後の関係にも悪影響が出ると考えた。
そこで私は、顧客との再説明に当たり、まず「何を削除するのか」「どこまでを当社の対応範囲とするのか」「何をもって完了とするのか」の三点に分けて整理した。
対象については前年冬のイベントページ、当社の通常の対応範囲については自社が管理するWebサイト上のデータとし、第三者が独立して保存しているアーカイブは当社の管理外であることを説明した。
また、自社管理下のページについては既に削除済みであり、その点では当初依頼への作業は完了していたことも示した。
ただし、顧客が過去ページを見られることに不安を感じている点は無視しなかった。
私は第三者サービス上の保存分まで当社が自由に削除できるわけではなく、削除結果を保証できないことを説明した。
その上で、今回は顧客自身が削除手続を行うことを前提に、当社が申請方法の案内や必要な情報整理を支援する案を提示した。
ここで重要なのは、当社の通常の削除作業と今回の支援を同一のものとして扱わないことである。
そこで、第三者サービスへの申請支援は追加的な対応であり、削除の成否そのものを当社の完了条件にはしないことを顧客と確認した。
顧客には、自社サイト上の削除と第三者サービス上の保存は管理主体が異なること、当社ができるのは申請支援までであることを説明した。
顧客はその違いを理解し、申請支援を希望したため、当社は手続に必要な資料を整理して渡した。
私は、技術的に何ができるかだけでなく、顧客がどの状態を「削除完了」と考えているかを明らかにし、その期待と当社の責任範囲を一致させることがPMとして必要だと判断した。
【概算文字数:約890字】
設問ウ 回答例
その後、顧客が第三者サービスへ削除申請を行い、当社も必要な情報整理を支援した結果、対象の保存ページは表示されなくなった。
顧客の不安を解消でき、当社側も自社管理下の削除作業と第三者サービスへの支援を区別した上で案件を終了できた。
私は、結果として顧客の要望に対応できた点は評価したが、当初の要件確認は不十分だったと考えた。
実務担当者は依頼されたページを正しく削除しており、作業品質そのものに問題があったわけではない。
しかし、私は「削除」という言葉を当社側の意味で理解しただけで、顧客が何を対象とし、どこまで見えなくなることを期待し、どの状態を完了と考えるのかを確認していなかった。
そのため、双方が同じ言葉を使っていることを、認識が一致していることと誤認した。
以後、削除、公開、修正、移行など、範囲や完了状態に複数の解釈が生じ得る依頼については、作業開始前に「何を」「どこまで」「何をもって完了とするか」を確認することにした。
特に、当社の管理外にある第三者サービスが関係し得る場合には、それが依頼範囲に含まれるかを明示し、当社が結果まで保証できないものはその旨を合意してから着手する。
また、例外的に通常の対応範囲を超える支援を行う場合も、通常作業の一部と誤解されないよう、今回の対応内容と支援する範囲を明確にすることにした。
今回の経験から、要件定義では用語を共有するだけでは不十分であり、その言葉が示す対象、範囲、完了条件まで具体化して初めて認識を合わせられると評価した。
【概算文字数:約650字】
キャラクター紹介・漫画版・小説版の各話はこちら
私はConoHa以外を勧めない。
2016年からずっとConoHaを使い倒してきました。知人に「一番いいサーバーは?」と聞かれたら、迷わずここを教えます。
レンタルサーバーナンバーワンを誇る高速環境であることはもちろん。私が「黒い画面って何?」というド素人からサイト制作のプロになれたのは、傍らにずっとこのはちゃんがいてくれたから。
私がConoHaを使い続ける、嘘偽りない理由です。
※ConoHaに初めて入会の方限定。
本CTAの画像もしくはボタンを押してWINGパック12か月以上を契約すると、最大5000円割引してもらえます。
